質的心理学研究
Online ISSN : 2435-7065
狩猟採集民バカの幼児の愛着と歌と踊りへの参加
田中 文菜
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2024 年 23 巻 1 号 p. 174-194

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抄録

社会性の発達の基礎として,乳幼児期に特定の養育者と親密な関係を築くことが必要であるという愛着理論は, 南部アフリカ狩猟採集民の母子密着が示されたことにより,その妥当性が確認された。しかしその後,中部アフリカ狩猟採集民で,母親以外の人も授乳し,多くの養育者が世話をするマルチプル・ケアテーキングが指摘され,愛着理論の再検討の必要性が言われた。そこで本研究の目的は,中部アフリカ狩猟採集民バカの幼児が,誰に愛着行動を示し,誰を「安全基地」として集団活動に参加するのかを明らかにすることである。バカのもとで参与観察を行い,遊戯的な歌と踊り「ソロ」の動画を撮影し,それらをもとに幼児と周囲の人々との相互行為を,文脈を踏まえて質的に記述し分析した。その結果,幼児にとって母親が主要な愛着対象であり,早い時期から複数の愛着対象がいるという,二項対立的な議論のどちらをも支持する結果が得られた。これは,自然場面での子どもとそれを取り囲む人々の関わりを記述・分析するという民族誌的アプローチをとったからこそみいだせた結果であろう。母子密着とマルチプル・ケアテーキングのどちらが本質的かを結論づけるための議論よりも,愛着という概念を考え直し,初期の養育者と子どもの関係を別の枠組みで理解していくことの必要性を主張したい。

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© 2024 日本質的心理学会
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