Behind Kyoto University's Research
ドキュメンタリー
Vol.16

グローバル化がアフリカ有用植物にもたらすもの。人、チンパンジー、アブラヤシが共生する村から

アフリカ地域研究資料センター
山越言 教授

食用油として広く使われているアブラヤシのように、世界各地で生産された作物の恩恵なくして私たちの生活は成り立たない。一方で、そんな作物の原産地にも人々の生活や自然の営みがあり、それを研究する研究者もいる。アブラヤシの原産国、ギニアをフィールドとする山越言先生(アフリカ地域研究資料センター教授)もその一人だ。「SPIRITS:『知の越境』融合チーム研究プログラム(以下、SPIRITS)」に採択された「アフリカ原産有用植物の生息地保全と在来知に基づいたワイズユース」プロジェクトと、山越先生が見守り続ける小さな村のお話を伺った。

アフリカの植物が日本の暮らしを豊かにする、その裏で……

山越先生のご専門はギニアの地域研究だそうですが、どういった研究をされているのか教えていただけますか?

「地域研究とは、特定の地域を対象として文化や政治経済、自然環境に至るまで幅広く研究する分野です。私が研究対象にしているギニアのとある小さな村では、周囲の焼畑農地にアブラヤシが自生しており、大昔から村人の食糧や建材として利用されています。動植物が織りなす自然の営みと、伝統的な焼畑農業や野生植物の利用といった人々の営み(在来知)が渾然一体となることで、アブラヤシのある村の景観が形作られてきたのです。私はそうした自然と人間との関係に着目して研究に取り組んでいます」

ギニア南東部、ボッソウ村の人々と山越先生

今回のSPIRITSでは地域内にとどまらず、有用植物の流通に焦点を当てておられますね。どんな問題意識があったのでしょうか?

「アフリカ原産のアブラヤシですが、現在は日本を含む世界中で加工食品や洗剤などに幅広く利用され、東南アジアでは深刻な自然破壊を引き起こしています。品種改良されたアブラヤシが東南アジアに持ち込まれて一大産業となり、プランテーションのために広大な森林が伐採されてきたのです。もともとギニアの人々の生活になくてはならない存在だったアブラヤシがグローバルに流通し、日本の消費者の生活や世界的な環境問題にまで迫ってくることに、フィールドワーカーとして複雑な思いを抱いていました。

各地で地域研究を行うアフリカ地域研究資料センターの研究者の中には、私と同じような問題意識を持っているメンバーがいました。マダガスカルでキツネザルによる種子散布を研究されている佐藤(宏樹)さん、エチオピアの在来農業の研究をされている重田(眞義)さんです。マガダスカル産の植物から精製されたアロマオイルやエチオピア産のコーヒーも、グローバルな流通を経て日本の消費者に届けられます。それぞれ進めていた地域研究をSPIRITSの枠組みのもとで持ち寄り、有用植物の保全から活用までをグローバルな視点で研究してみようということになったのです」

SPIRITSの採択期間は2018年度からの2年間でしたが、どのようなことに取り組まれたのでしょうか?

「私たちは普段、それぞれのフィールドで生態学、文化人類学、農学など多角的な視点を取り入れながら地域研究に取り組んでいますが、有用植物の動向を追うためには他地域にも目を向け、グローバル経済にまで視野を広げなければなりません。SPIRITSの2年間はこうした研究の下地を固める準備期間として、それぞれのフィールドを比較し、国内外の研究者とシンポジウムを開いてネットワークを構築しました。この間に科研費が取れた研究もあり、今後さらに大きく進展していくでしょう。

長期的には各地の研究者間の交流を図りつつ、生産と流通を追いかけ、最終的には商品パッケージやオンラインショップのデザインといった消費者との接点になるところまで繋がる一大プロジェクトに育つと良いのですが、まだまだ先になりそうです」

人、チンパンジー、アブラヤシが共生する小さな村

山越先生のギニアでの研究についてお聞きしたいのですが、もともとチンパンジーの研究をなさっていたそうですね。

「はい。大学院生の頃は人類の進化史に着目して、野生チンパンジーの採食生態について研究を行っていました。修士1年の時に初めて訪れたフィールドは、ギニア南東部のボッソウ村という小さな村と、そこに隣接したわずか1平方キロメートルの小さな森でした。ここは1976年以来京都大学の霊長類研究所が研究対象としてきたフィールドです。森の周囲には農地が広がり、焼畑耕作地に自生するアブラヤシやキャッサバ芋などの農作物などがチンパンジーの食糧の一部になっていました。野生チンパンジーの生態研究は通常、人間の影響を極力排除した保護区などで行われるもので、そういう意味では私のフィールドはとても特殊な環境でした。しかし逆に考えると、研究対象としてこれほど複雑で面白いフィールドはありません。博士論文を提出した後、思い切って地域研究への転向に踏み切りました」

アブラヤシの木に登って新芽をかじるチンパンジー

チンパンジーといえば奥深い森林に棲んでいるイメージがありますが、人間の生活圏と重なる里山のような場所に生息しているのは珍しいのでしょうか?

「野生のチンパンジーは狩猟や森林の開発によって絶滅が危惧されていて、そのために保護区が設けられています。しかしボッソウ村では事情が違い、祖霊の生まれ変わり—トーテム としてチンパンジーが保護されてきたのです。自然物を信仰するアニミズム自体は全世界に見られますが、チンパンジーを信仰対象としているのはかなりレアなケースです。といってもチンパンジーは野生動物なので畑も荒らしますし、村の子供が噛みつかれることもあります。一筋縄ではいかない村の人々との関係もひっくるめて、この小さな『鎮守の森』でチンパンジーがどのように生き延びてきたのかに興味を持ったんです」

世界に広がる「アブラヤシという現象」

地域研究に舵を切った中で、アブラヤシにも注目されたわけですね。

「チンパンジーを研究するといっても、フィールドワークでは現地に滞在するために知っておかなければならないことが沢山あり、それら全てが研究対象になります。言語はもちろん、食生活やホストファミリーの親族関係などあらゆることですね。そうした人々の営みも、その土地の景観や動植物も、全体を分け隔てなく観察していくのが地域研究です。そんな中でも、人々の生活に溶け込んでいるアブラヤシは非常に興味深い存在でした。

チンパンジーが最も依存する栄養源でもあるアブラヤシは焼畑農地に自生していて、村の人たちは積極的に世話をするわけでもなく、『神様の贈り物』として恩恵を享受しています。食用にするほか、葉柄を建材に使ったり、実から油を煮出してポリタンクに詰めて市場に出荷したり……そんな光景を当たり前のように目にしていましたが、その先を調べてみるとグローバルな問題に繋がっていたのです。

かつてヤシ油の生産と輸出はアフリカが中心でしたが、1970年代以降、育種されたアブラヤシと集約的なプランテーション管理によって東南アジア諸国が急速に台頭しました。そして今、『バケモノ化』した東南アジア式のプランテーションがアフリカに戻ってきているのです。東南アジアでオランウータンの住処が奪われたのと同じように、この再上陸したアブラヤシのプランテーションが、今まさにチンパンジーの生息域を蝕んでいます。こうしたアブラヤシという現象の全体像を捉えるためには、地域での研究のみならずグローバルな流通の実態を知る必要がありました」

そんなアブラヤシから採れた油を今日も口にしているかと思うと、いろいろと考えさせられます。ともかく、そうした背景があってSPIRITSのプロジェクトに繋がるわけですね。

「SPIRITSではエチオピアやマダガスカルの研究と比較することで、アブラヤシの複雑な経緯がより際立って見えてきました。また、地理的なつながりで言えば、アブラヤシの祖先種は現在の南米大陸に起源があるという説もあります。アフリカと南米のアブラヤシを掛け合わせたハイブッド種の研究も進んでいるそうです」

ボッソウ村から始まった研究がどこまでも広がっていきますね。

人と自然が織りなす景観を辿り、見守る

グローバルな展開を模索しつつ、ギニアでは今後どのような研究を考えていらっしゃいますか?

「自生する植物であるアブラヤシと人の営み、双方が織りなす景観から、人と自然の関係をできるだけ数量的な形で追いかけていきたいと思っています。

まずは、西アフリカで人類が森を切り開き農地を広げていったこの数千年の間に、アブラヤシと焼畑が組み合わさった景観がどのように広がっていったのか、その過程を明らかにすることです。また、人口が増えればアブラヤシも増加するという古い仮説があるのですが、ここ100年にフォーカスして昔の航空写真などからアブラヤシの数や家の数、焼畑の規模の推移を読み取ることで検証できるのではないかと考えています」

1950年代のボッソウ村付近の航空写真。中央上の白い部分が集落で、その下(南)にこんもりと茂った森が確認できる。薄いグレーの農地に点々と写っているのがアブラヤシの影

チンパンジーの研究も続けていかれるのでしょうか。

「30年前は20頭いた森のチンパンジーが今は8頭になってしまいました。森に研究者や観光客が出入りするようになって以来、他の森からチンパンジーが入ってくることがなくなったことがひとつの原因だと考えています。野生生物研究者が立ち入ろうとすればするほど研究対象に負荷をかけてしまうということを自覚し、反省せねばなりません。この先は森の外の環境の研究を続けていきつつ、外部から人間が干渉しないようにチンパンジーたちの静かな暮らしを見守る役目を果たしたいですね。いいニュースもあって、最近新しく赤ん坊が生まれたんですよ。

また、ボッソウ村のチンパンジーの研究は1976年から始まっていて、推定年齢70歳の個体もいます。どうやらこの森のチンパンジーは長寿の傾向があるようです。定点観察を続けて、野生チンパンジーの寿命や、長寿になる条件も明らかにしたいです」

山越 言(やまこし げん)

アフリカ地域研究資料センター 教授
京都大学霊長類研究所にて野生チンパンジーの採食生態学研究で学位取得。アフリカの野生動物と地域住民の文化・生業との関係について、地域研究の立場から文理融合的な研究を進めている。

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